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IKTTカンボジアの織物展 @Phteah | イベントレポート

大阪・池田の長屋カフェ&ギャラリー Phteah(プテア)にて開催されていた、IKTT(クメール伝統織物研究所)の展示販売会「カンボジアの織物展」。(2020.9.19-10.04)
その展示の様子と共に、IKTTの織物をご紹介します。

はじめに

自然環境と人々の暮らし、そして織り。この3つの要素が確かに繋がることを目指し、また実現させてきた IKTT の布は、素材となる絹や木綿はもちろんのこと、蚕の餌となる桑や染色に用いる天然染料までも IKTT 伝統の森で自給することで作られます。すべての布から、その由緒を一直線に見通せる透明さ。それは布を、制作に関わった人たちの「手の記憶」を伝える最良の媒介に変えます。

私たちが IKTT の布を目にし触れる時、それは同時に作り手たちの心に出会う時でもあるのです。熱帯カンボジアにある「伝統の森」で生み出された布は、その空気すらも織り込まれているような、独特の雰囲気を保っています。それは森本さんが生前話されていたという、IKTT の布が愛される秘密とも関係しているのかもしれません。IKTT の布を作る女性達の多くは、作り手であると同時に、子供たちを育てるお母さんでもあります。壁のない高床式の作業場で、彼女達は自分の子供をそばに置きながら制作をこなします。飛び交う親子の声を浴びて括られ、染められ、織られた布は、その芯まで暖かさに満ちた存在として私たちの前に姿を現します。

IKTT(クメール伝統織物研究所) とは?

カンボジアユネスコの依頼をうけ、カンボジアでの絹織物の現状調査を行っていた友禅職人、森本喜久男氏により設立。カンボジアの伝統的な織物文化の再生を目標に、内戦中に失われかけていた国内の織物技術、道具、そして織り手達の記憶を次の世代へ繋ぐ活動を行っている。さらに現在では、制作の担い手である女性たちの生活支援、織物の素材を自給するための森づくりへと活動の範囲を拡大し、人々の暮らしを支えうる、生きた伝統を実践している。「経糸は受け継いだ知恵と技術、緯糸は今を生きる私たちの工夫と努力」とは、現在 IKTT にてディレクターを務める岩本みどりさんの談。

Website : http://www.iktt.org/
Instagram : https://www.instagram.com/iktt_official/?hl=ja
You Tube : https://www.youtube.com/channel/UC5xIhmKEhq_8As8b-YLIm0A

伝統の森プロジェクトとは?

カンボジアの村々で、長年維持されていた自然循環と自給のシステムをヒントに、染織りの素材をもたらしてくれる豊かな森の再生と、その恵みを余すことなく制作と暮らしに取り込む知恵の復活を目指すプロジェクト。

2002 年にシェムリアップ郊外の荒れ地を開墾する所から始まり、現在では約 23 ヘクタールの敷地内に 70 名の IKTT スタッフが家族と共に暮らしている。

伝統の森は大まかに 2 つのエリアに分けられており、制作が行われる工芸村を中心として桑、綿花、藍などの畑や果樹園、野菜畑が広がるエリア、森の再生を目的に木々を育てるエリアがある。工芸村には工房や居住区の他、子供たちの学校や絣布のショップギャラリー、ゲストハウスなども併設されている。

長屋カフェ&ギャラリー Phteah

昭和初期のレトロな趣を活かしたお店が集まる長屋街、菁菁苑(せいせいえん)。プテアさんは、その一角に居を構えるカフェギャラリー。玄関をくぐると、素敵な絣布(ホール)が出迎えてくれます。コンヒーンという、ウシガエルをモチーフにしたパターンが施されています。

玄関右手のスペースでは、パムアンと呼ばれる光沢のある絹布や、綿や絹などで作られる平織り布クロマーなど、シンプルな作りながら、美しさをたたえた布が展示されています。

■ cafe gallery phteah(プテア)
〒563-0055 大阪府池田市菅原町10−8
Website : https://www.phteah.net/

カンボウジュのシルク

カンボジアで伝統的に飼育されてきた蚕「カンボウジュ」のシルク。IKTT の尽力で甦ったこの黄金の繭糸は、その土地で織られる布に最も適した素材なのです。機械ではなく手引きで採られ、バナナの葉を煮た灰汁で精練されるという糸は、一般的なシルクとは明らかに異なる、柔らかな生きた触感を持ちます。

綾織という斜めの凹凸が現れる織り方を施すことで、見る角度によって様々な色が現れるパムアン。写真の布はプロフーの樹皮を使った緑糸と、リアック染めの赤糸が使われています。この緑と赤の組み合わせは「アヒルの首の色」と呼ばれ、カンボジア人が一番好む色使いなのだそうです。

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こちらはライチの木を使ったグレーとインディアンアーモンドの葉の黒を合わせたパムアン。ライチの木を針のように細かく刻み、煮出した染液と鉄媒染を行うことで、金属質の光沢をもつ灰色に染まるといいます。
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アーモンドの黒染め布を平織り(経糸と緯糸が交互に重なるベーシックな織り方)にしたこちらの布は、綾織りに比べ、より重厚感のある見た目をしています。緯糸に使われているのは蚕が繭を作る際に最初に出す「きびそ」と呼ばれるもの。太さの異なる繊維が面白い表情を作り出しています。
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IKTT で織られる布の多くはホールやパムアン、クロマーのような、カンボジアで昔から作られてきた伝統的な布。一方で、それらの要素を再構成した新しい布づくりにも積極的に取り組んでいます。レインボーと名付けられた布はその一つ。平織り布の経糸と緯糸に、一定の間隔で異なる色糸を用いることで、マス目状に様々な組み合わせの色が現れる、というもの。

ピダン

クメール語で「天蓋」を意味するピダン。本来は寺院への奉納品であり、ピダンを作ることは、すなわち功徳を積むことであったといいます。お寺を中心として、生命の樹、魚、虫などの様々なモチーフが吉祥文様として描かれています。カンボジアの絣布は、下絵なしに直接糸を括ることで作られます。それは図案がすべて頭、あるいは手に記憶されている事を意味し、驚異的、という他ありません。

奥の座敷では、IKTT の創設者、森本さんが魅せられた壮麗な絵絣「ピダン」が展示されています。カンボジア織りの真髄に触れることのできる空間です。

サンポット・ホール

ここからは絣布の中でもサンポット・ホールという、主に晴れ着として用いられる絣布をご紹介します。プカーロホン、パパイヤの花の名で呼ばれている模様で、絣布の中でも比較的簡単なパターンで、新人さんが担当します。

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絣糸は赤、黄(緑)、灰と、明るい色から暗い色の順に染められます。括り、染め、織りの過程を経ることで、それぞれの工程を担当する人の個性が、最終的な絣布のトーンを形作っていきます。
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大小2匹のナーガがモチーフの絣布。括り手はホーイさん。ナーガはカンボジア美術における重要なモチーフで、蛇、あるいは龍の姿や、その鱗をシンボル化して表現されます。
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独特の濃い紫色は、紫色の経糸に緯糸の茶色を重ねることで表現されています。点描画の視覚混色に似た効果で、色を濁らせることなく多彩な色を生む工夫が凝らされています。
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トンポットーイ、「小さなカギ形」の愛称で呼ばれる絣布。括りをソキアンさん、織りをソーイさんが担当しています。括り手と織り手の間で出来上がりのイメージが共有されていないと、精緻な模様は現れません。
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経糸の色が変わることで、布の表情も大きく変化します。こちらの布は赤色の経糸が使われていますが、紫、黒と経糸の色が濃くなるにつれ、より重厚感を持った布になります。

意匠

IKTT の絣布に施されるパターンは、かつてカンボジア国内で作られていた古布の柄を、博物館の収蔵品や森本さんのコレクション、そして作り手の記憶を頼りに、現代に復活させたもの。模様ごとに多彩な呼び名があり、意匠と表された意味が一致しているものもあれば、作り手同士の愛称として使われている名前もあります。2匹のナーガのパターンは前者にあたり、トンポットーイは後者、いわば通称に近い呼び名と言えるでしょう。それぞれの布を見比べてみると、その多くが菱形の連続パターンを取り入れていることが分かります。

インドのグジャラート州の絣布、パトラの図案をその源流とする研究がある一方で、パトラが経糸、緯糸それぞれに絣染めを施している中、カンボジアの絣布は緯糸のみが絣染めされている点、両者の織り方の違いなどから、パトラを下敷きにしながら独自の発展を遂げた存在であることが分かります。

また、菱形模様はしばしば鱗に喩えられ、水と大地の守護者であるナーガを象徴している、とも伝えられていることから、絣布に表される図案は、カンボジアの人々の精神に深く関わるものであるようです。

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シェムリアップ郊外にあるベンメリア遺跡のナーガ像。ナーガはカンボジアの建国神話にて重要な役割を担い、人間の王子とナーガの娘が結ばれる際、ナーガが海水を飲み干し、現れた土地を二人に治めさせたといいます。
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カンボジアの婚礼式には、この建国神話になぞらえた花嫁衣装が登場します。花嫁が肩にかける布の意匠はナーガの鱗を表し、花婿はこれを手に取り、花嫁の後について式場へ入ります。これは、王子が娘の龍鱗で作られた布につかまり、海底にあるナーガの国へ潜った話に倣っているようです。

最後に

IKTT が作り出すカンボジアの布は、すべて「誰か」の為に織られた布。時代の移ろいと共に生活が変わっても、そのスタンスは揺るがない。IKTT ディレクター・岩本みどりさんのお話は、IKTT とクメールシルクのあり様を、的確に表現しているように思えます。かつては織り手の子供や両親、そして神様や仏様がその「誰か」でした。今では希薄になってしまったその関係も、いつかは再び実現されるかもしれない。その時までに、作り手として、本物を世に出し続けることが、生きた伝統を実現することに繋がる。そんな信念が感じられるのです。

もし IKTT の布に心惹かれたのなら、その「誰か」になってみるのも、きっと間違いではないのでしょう。作り手達の思いは、手に触れた布を介して、確かに伝わっているはずです。

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